1.はじめに
 
油層シミュレーションモデルは、地層内の流れの基本法則および保存則などにより記述された物理モデルであり、計算機上で空間および時間を適当に分割し油層流体の挙動を追跡するものである。油田開発の分野では、1960年代には電子計算機の発達と歩調を合わせたように油層シミュレーションの実用化が始まり、以降夥しい研究が行われ、今日見られるような、汎用的なシミュレーションシステムにまで発展してきた。
このような数値モデルは多数のパラメータを内包したブラックボックスと考えられる。人工的な系を表現するブラックボックスではパラメータの組み合わせはある程度決定論的に与えられ、結果としての出力も決定論的に考えられる。しかし、油層問題のように自然界を対象とする場合には与えるべきパラメータの大部分が未知であり、その出力にも大きな不確定性がでてくる。
油田発見・開発初期の段階での油層モデルの利用は、粗いモデルを組み、いくつかのパラメータの組み合わせ対しケーススタディを行い、回収率の期待値などを見積もることである。生産が進み、油田に履歴ができてきた時には、パラメータの組み合わせはもう少し狭めて考えることが出来るようになる。これは、追加される坑井の物性情報(検層情報)と生産情報(生産量、圧力、生産流体比など)が利用できるようになるためである。この段階以降に行われる”ヒストリーマッチング”は、原油生産量をブラックボックスへの既知刺激として、出力である坑井計算値(坑底或いは坑口圧力、生産流体比)を観測値と合うようにパラメータの組み合わせ(主に地層の浸透性、孔隙率などの分布)を調節する作業である。この段階を経ると、油層モデルはある程度の根拠を得て、次なる生産予測、最適生産計画の策定などに利用される。
近年は油層モデルも大規模化し、格子分割数が多く、当然未知パラメータの数も多い。このようなモデルのヒストリーマッチングは、歴史的に人間に任せられた作業であり、油層内部情報の不足を知識や解釈で補うことが必須であった。この作業は、スムーズに行く場合もあるが、マッチングする坑井の数が多くヒストリーも長くなると、すべてが満足の行くマッチングに行き着くことは難しい。特に、試行が多くなるにつれ、どの試行がどのようなパラメータで行われたかを保存・記録・記憶しておくことが自体が厄介となり混乱する。局所のマッチングは他所のずれを招いたりするため、我々の地質や油層に対する知識が浅いことを認識させられる作業でもある。
ヒストリーマッチングにおけるこのような隘路から多少とも人間を解放したいとの基本的欲求から自動ヒストリーマッチングの研究が現れたのはすでに1970年代である。自動ヒストリーマッチングは貯留層モデルを構成する多数のパラメータ(貯留層物性)の最適な組み合わせを、系の入力(坑井を通じて行われる生産圧入)と応答(圧力、WOR、GOR等の観測値)から数学的に決定しようとするものである。これは、地震探査におけるインバージョン、医療分野から知られるようになったトモグラフィーと同じで、一般的に逆解析(Backward Analysis)と呼ばれる技術である。医療におけるX線トモグラフィーの成功は、一つには計測機器の発展により細かい情報が取れるようになったこと、逆解析が線形問題であり容易であったことによる。地下の物性分布を扱うトモグラフィーはジオトモグラフィーと呼ばれ、電気、電磁波、弾性波などを利用するものがある。油層ヒストリーマッチングは流体を介したトモグラフィーであり、地下水学などの分野でも同様の研究が進められている。油層問題では、情報量が足りないこと、多相流体を扱うことなどから、とりわけ難しいトモグラフィーの部類に入ると考えられる。しかしながら、近年のコンピュータの発達に負いながら、少しずつ油層ヒストリーマッチングの自動化技術の実用可能性が高まってきた。従来の試行錯誤作業が非常に人間に頼っていたのに比べ、計算機に頼ること自体を不安に思う技術者もいるが、本来、逆解析自体は全く数学的なプロセスとして考えることも重要なことであろう。油層内部の自動逆解析を可能とするためには数学的な技術の開発と共に、より良い情報取得技術の開発が必要となるが、それが実現された時には、油層の理解の飛躍的発展となろう。